3万分の1

高校2年生の時、親を説得して夏休みに1ヶ月東京の予備校に行かせてもらった。
定年退職した美術の先生がやっている画塾に通っていたけれど、あまりにもデッサンが古くて、予備校に行かないと美大には受からないと思った。
基礎科に入ったので、周りは同い年で浪人生はいなかった所為か、全く劣等感を抱かなかった。
ていうか、デッサンで2番だった。
1番目にうまいAくんは背は低いけどイケメンでその近辺で一番の進学校に通う生徒だった。
寡黙な人だったけど、ツンとすまして周りを見下しているわけでもなく、周りと仲良くしていたように思う。
高校3年生になって、再会するとAくんは同じ予備校の女の子とつき合っていた。
しかし、クリスマスイヴには別の女の子を連れていた。
私は一時的に寮に入って予備校に通っていたのだが、その寮を退寮させられていた女の子がいて、それがどうも部屋にAくんを連れ込んだのではないか、という噂だった。
あまり親しく話したことはないけれど、何かスキャンダラスな人だ、と思った。
講師からの受けもあまり良くなくて、明らかに私よりうまくなっていたけれど、Aくんは「劇画調で好きじゃない」と言われ、私は「素直ないい絵だと思う」と励まされた。
結局、Aくんは2つぐらい現役で受かって大学に行ったが、デザイン科なのに就職しなかった。
そして、何故か漫画家になっていた。
デビュー作がヴィレバンに売っていたので、買って読んだが、買ったことを後悔した。
その後、原作付きで何冊か出版していたようだが、原作を付けて正解。
さすがに絵は上手いんだけど、ストーリーが気持ち悪くて、これはファンがつかないだろうと思った。
ただ、他にも私の知り合いで漫画を描いていた人っているけれど、彼が一番漫画家として成功していた。
他の人たちは1冊も単行本を出してないし、デビューしてそれっきりとか、たまに雑誌のイラストを描いている程度で、難しい世界なのかなぁ、と傍から見ていた。
そんなAくんも最近見かけないなぁ、と思っていたら数年前に自殺していた。
ライブドアニュースとかにも載っていたらしいけど、私は鳥取に帰ってゴタゴタしていた時期だったので、全く知らなかった。
そもそも、現役生の時の予備校の同じクラスの人なんててんでバラバラで繋がってない。
一昨年、その予備校で同じクラスだった岡部くんが鳥取に障がい者アートの関係でやって来たことがある。
それは嬉しい再会だっただけど、今回のAくんはかなり嫌な再会だった。

 
日本では毎年約3万人の自殺者がいて、それが2012年以降減少して3万人を下回ったとか言っているけど、遺書がないから変死になっている人たちが10万人以上いるらしい。
私の知らない場所で戦争でもやってるんじゃなかろうか。