前後で出会った人②

京都で個展をしたことが昨日見た夢みたいになってきて、日常という砂に埋没する日々に戻り、あそこにいたのはほんとうに自分だったのだろうか?と思えてきました。
しかし、京都で知り合った何人かの方から個展後、メールをいただき「確かに、私は開いたのだ」と思い返すのです。
個展直前に島根県立美術館で木版画のK先生のワークショップをお手伝いさせていただくことがあったのですが、その後の飲みの席で「作家の論文は個展だ!」と言われていました。
多分、作家が日々制作しているのは研究者が研究したり、学者が論文を書いたりしているようなものと同じで、個展はその発表の場であるということを言われたいのだと思いました。
今回はタイミング良く京都を発表の場としていただけたわけです。
京都で感じたのは「京都の人は京都が好き!」ということです。
私は現在、鳥取に住んでおり、その前は15年間、東京に住んでおりました。
どちらにも、愛着があるようなないような感じで、帰る時は「猫がいて、制作ができればどこでもいいんじゃないか」と思ってANAにジャック(猫)と乗り込みました。
帰ったら帰ったで、ちっとも良くなくて、逆カルチャーショックを受けて、適応障害とか診断名がつくんじゃないかと思うぐらい、いちいち落ち込んだり、イライラしたりして(特に、人に馴染めなかった)、その内に色んなことを諦め・・・じゃなくて、受け入れられるようになってきました。
あれ?何の話だったっけ?
「京都の人は京都が好き!」の話ですよ!
個展中、「大学は?」と訊かれて「東京の・・・」と言うと「東京に憧れがあったの?」と言われたりして「へ??行きたい大学がそこにあったから、そこに行っただけなんだけど」と思ったりしました。
つまり、田舎者だから東京に行きたかったんだろうという感じなんだな~と。
(京都の方の東京に対するライバル心はハンパないです)
私は小さい頃、親に何度か東京に連れられて行ったことがあったり、高校の美術の先生が多摩美を出ていたので(たまたま、教育実習生もそうだった)、なんとなくそのまま「よし、そこに行こう」と思ったのですが、まっさらな状態だったら自分で全国各地の美大を探し、京都の大学も受けたりしたかもしれません(そんな軽いノリじゃ受からないだろうけど)。
京都では「京都精華でした!」とか嘘をつけばウケが良かったかもしれません(笑)
京都に何の縁もないので「母が京女でした!」とか、そんなどうでもいい情報で繋いでみました(そこは嘘じゃない)。
そこで、K先生に戻るのですが、転々と幼少期を過ごされていたらしく、どこに行っても縁の地、みたいな感じで「これも一種の処世術なのかな~」と思って見ていたのですが、京都にもご縁があるのかK先生の京都の知り合いの方がいらっしゃいました。
そして、「迷った」、「結構いいな」、「どうやって此処見つけたの?」とだけ言われて帰られました。
後で、浮世絵の刷り師の方だと判明して「ああ!もっと何か話せば良かった!」と思ったりしたのですが、まぁ、仕方ない。
そして、その夜、高台寺の夜間拝観に行ったのですが、その帰りに「朝・起きた時間から/夜・寝るまで」という営業時間を掲げた何屋かわからない店(?)を発見!
なんと、そこは刷り師の公開工房でした。
何それ!って感じですよね。
しかも、お昼間にいらした刷り師の方と知人でした。
そして、ちゃっかり自分のポストカードをそこに置いてもらいました。
京都に縁のない私ですが、個展を開いたことにより、京都に少し縁ができ、自分の生きている痕跡を残せて良かった、と思うのです。

そこで一言、「個展はライブに似ている」。
今のところ、それが私にとって個展の定義です。
少しずつ作り溜めたものをドーンと一気に披露して、その後、形あるものは何も残らないけど、何人かの記憶には残る。
正に、「束の間の幻影」ですね。
そんな幻影もよろしいですが、繰り返し見るのもいいものですよ。
「また、観てみたいな」
そんな時にはこちらでポストカードをどうぞ。

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中に入ると面白いおじいちゃんが出てきます。
市村一房堂